はじめに — タブーを超えたデータ分析
日本の風俗産業は、推定5兆円規模の巨大市場でありながら、経済分析の対象としてはほとんど取り上げられることがない。社会的なタブー、データ取得の困難さ、そして「表の経済」との分断が、学術的・ジャーナリスティックな分析を阻んできた。
しかし、GDP(国内総生産)の「地下経済」部分を理解する上で、この産業を無視することはできない。本記事では、入手可能なデータを可能な限り収集・分析し、風俗産業の経済規模、業態別の市場構造、従事者の経済実態、そして社会的な考察を行う。あくまでもデータに基づいた経済分析であり、道徳的な判断は読者に委ねる。
市場規模の推計方法
風俗産業の正確な市場規模を把握することは極めて困難だ。理由は以下の通りである。
- 公式の業界統計が存在しない
- 個人事業主や無届け営業が多い
- 売上の一部が現金取引で税務当局に捕捉されていない
- 「風俗」の定義自体が曖昧で、業態の境界が不明確
そこで本記事では、以下の3つのアプローチを組み合わせて推計を行う。
- 供給サイドからの推計: 店舗数 × 1店舗あたり平均売上
- 需要サイドからの推計: 利用者数 × 平均消費額 × 利用頻度
- 既存の推計研究との照合: 過去の学術研究、ジャーナリスティックな調査との比較
業態別の市場分析
風営法における分類
日本の風俗産業は、風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律(風営法)によって規制されている。風営法上の「性風俗関連特殊営業」は以下の業態に分類される。
- 店舗型性風俗特殊営業(ソープランド、ファッションヘルス、ストリップ劇場など)
- 無店舗型性風俗特殊営業(デリバリーヘルス)
- 映像送信型性風俗特殊営業(アダルトライブチャットなど)
- 店舗型電話異性紹介営業(テレクラ)
警察庁の「風俗環境の現状と風俗関係事犯の取締り状況」によると、届出営業所数の推移は以下の通りだ(2023年)。
- 店舗型性風俗特殊営業: 約7,000軒
- 無店舗型性風俗特殊営業: 約18,000軒
- 映像送信型性風俗特殊営業: 約3,500軒
合計約28,500軒。ただし、無届け営業や、風営法の規制対象外の「グレーゾーン」業態(メンズエステ、JKビジネスなど)を含めると、実質的な営業数はこの数倍に達する可能性がある。
ソープランド市場
ソープランドは風俗産業の中で最も歴史のある業態だ。全国に約1,200軒が営業しており(届出ベース)、東京(吉原、川崎)、大阪(飛田新地を含む広域)、名古屋(金津園)、九州(中洲、雄琴)などに集中する。
1軒あたりの月間売上を平均2,000〜5,000万円と仮定すると、業界全体で年間2,900〜7,200億円。中間推計として約5,000億円と推定する。
デリバリーヘルス市場
デリバリーヘルス(デリヘル)は、2000年代以降急速に拡大した業態だ。店舗を持たないため初期投資が少なく、参入障壁が低い。届出数約18,000軒は風俗業態の中で最多。
1軒あたりの月間売上は規模により大きく異なるが、平均300〜1,000万円と仮定すると、年間6,500〜21,600億円。中間推計として約1兆円規模と推定する。デリヘルが風俗産業最大の業態であることは、多くの業界関係者も認めるところだ。
ファッションヘルス・その他店舗型
ファッションヘルス、ピンクサロン、セクシーキャバクラなどの店舗型業態は、全体で約5,000軒。年間売上の合計は5,000〜8,000億円と推定する。
オンライン風俗(映像送信型)
コロナ禍を契機に急成長した業態だ。アダルトライブチャット、有料動画配信、ファンクラブ型サービスなどが含まれる。市場規模はまだ小さいが急成長中で、年間1,000〜2,000億円と推定する。国際的なプラットフォーム(OnlyFansなど)の普及により、今後も拡大が見込まれる。
メンズエステ・グレーゾーン
風営法の届出対象外でありながら、実態として風俗的なサービスを提供する「グレーゾーン」業態が近年急増している。メンズエステは推定で全国1万軒以上が営業しているとされ、市場規模は3,000〜5,000億円と推定される。このカテゴリーの存在は、公式統計と実態との乖離を拡大させている。
総市場規模の推計
以上を総合すると、日本の風俗産業の総市場規模は以下のように推計される。
- ソープランド: 約5,000億円
- デリバリーヘルス: 約1兆円
- ファッションヘルス等: 約6,500億円
- オンライン: 約1,500億円
- メンズエステ等グレーゾーン: 約4,000億円
- その他(アダルトグッズ、関連サービス含む): 約3,000億円
合計: 約3兆円〜5兆円
中間推計として約4兆円。これは日本のGDP(約600兆円)の約0.7%に相当する。参考までに、日本のゲーム産業(約2兆円)、映画産業(約2,500億円)と比較すると、その規模の大きさが分かる。
従事者の経済実態
推定従事者数
風俗産業に従事する女性の数は、正確な統計がないため推計に頼らざるを得ない。業界の規模から逆算すると、セラピスト・キャスト(サービス提供者)は全国で推定15〜30万人。スタッフ(運営側)を含めると40〜60万人程度が関わっていると推定される。
収入レベル
セラピスト・キャストの収入は、業態、地域、勤務日数によって大きく異なる。概ね以下のようなレンジとなる。
- デリヘル: 日給2〜8万円(月間40〜160万円、出勤日数20日の場合)
- ソープランド: 日給3〜15万円(月間60〜300万円)
- メンズエステ: 日給1〜5万円(月間20〜100万円)
一見高収入に見えるが、社会保険の未加入、不安定な就労環境、年齢による収入減少など、リスク要因も大きい。また、店舗側の取り分(バック率)は40〜60%が一般的で、表示される「日給」は総売上の半分以下である。
なぜこの産業が選ばれるのか
風俗産業に従事する理由として、各種調査で最も多いのは「経済的理由」だ。シングルマザーの生活費、奨学金の返済、親の介護費用など、一般的な職業では賄えない経済的ニーズが背景にあるケースが多い。
厚生労働省の調査(2017年)では、「性風俗関連営業で働いた経験のある女性」の約40%が「借金の返済」を理由に挙げている。この数字は、日本の「見えない貧困」の一端を示している。
経済的・社会的影響
地域経済への貢献
風俗産業は、立地する地域の経済に大きな影響を与える。歌舞伎町、吉原、飛田新地などの繁華街では、風俗産業を中核として、飲食店、タクシー、ホテル、コンビニなど関連産業が形成されている。直接的な風俗産業の売上に加え、こうした周辺産業への波及効果を含めると、経済的インパクトはさらに大きくなる。
税収への影響
風俗産業の多くが現金取引であることは、税務コンプライアンスの問題を引き起こしている。適正に申告・納税されている割合は低いと推測され、潜在的な税収損失は相当な額に上る。仮に4兆円の市場に対して消費税10%が適正に徴収されれば、約4,000億円の消費税収となる。法人税・所得税を含めれば、潜在的な税収はさらに大きい。
インボイス制度の導入やキャッシュレス決済の普及は、この業界の税務透明性を高める可能性があるが、業態の特性上、完全な捕捉には限界がある。
公衆衛生の側面
性感染症(STI)の予防・管理は、風俗産業における重要な公衆衛生課題だ。保健所の無料検査、風俗店における衛生管理ガイドラインなどの取り組みがあるが、無届け営業やグレーゾーン業態では管理が行き届かないリスクがある。
国際比較
風俗産業(性産業)への法的アプローチは国によって大きく異なる。
- 合法化モデル(オランダ、ドイツ): 性的サービスを合法化し、労働法の保護下に置く。税収確保と労働者保護を両立する意図
- 非犯罪化モデル(ニュージーランド): 性産業自体を犯罪としないが、積極的に推進もしない。当事者の権利保護に重点
- 北欧モデル(スウェーデン): 売る側は処罰せず、買う側を処罰する。需要抑制を通じた削減を目指す
- 日本モデル: 売春防止法で「売春」は禁止されているが、「風俗営業」は風営法の下で規制付きで合法。この二重構造が法的グレーゾーンを生み出している
ドイツでは2002年の合法化以降、風俗産業の年間売上は約160億ユーロ(約2.4兆円)と推計され、約40万人が従事しているとされる。税収も年間数十億ユーロに上る。ただし、人身取引の増加など、合法化の負の側面も指摘されている。
データ分析の限界と今後の課題
本記事の分析には、以下の限界がある。
- 公式統計の不在により、推計の精度に限界がある
- 業態の定義が曖昧で、ダブルカウントの可能性がある
- 地下経済の特性上、実態はさらに大きい可能性がある
- 時系列データの蓄積が乏しく、トレンド分析が困難
経済学的には、風俗産業は「情報の非対称性」「モラルハザード」「外部不経済」などの市場の失敗が顕著な分野であり、規制のあり方について経済理論に基づいた議論が必要だ。感情的な賛否ではなく、データに基づいた冷静な分析と政策立案が求められている。
まとめ — データが照らす「見えない経済」
風俗産業の推定市場規模4兆円前後という数字は、日本経済の「見えない部分」の大きさを物語っている。GDP統計に完全には反映されないこの市場は、しかし確実に数十万人の雇用を生み出し、地域経済を支え、そして社会問題の一端を担っている。
タブー視して目を背けるのではなく、データで実態を把握し、エビデンスに基づいた政策議論を行うこと。それが、経済データ分析メディアとしての本記事の姿勢である。次回は、防衛費GDP比2%への引き上げがもたらす経済的インパクトを分析する。


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